人の悩みのひとつに不安があります。
誰もが感じたことがあると思いますが、なぜ不安は生まれるのでしょうか?
私たちの祖先であるホモサピエンスが誕生したのは約20万年前です。
彼らは、現代では考えられないレベルの脅威に、常にさらされながら生きていました。
狩りに出れば猛獣や蛇に襲われ、悪天候が続けば餓死に苦しみ、
伝染病が流行れば死を待つしかありません。
そんな脅威の中で生きていくためには、できるだけ臆病になる必要があったのです。
草原の揺れは猛獣ではないのか?仲間が冷たいのは裏切りの兆候ではないのか?
間違いなく、後世に遺伝子を残せたのは、このようなわずかな異変を見逃さなかった者です。
同じ感覚は現代人にも受け継がれ、なんらかの危険を察知すると、
全身に警鐘を鳴らし、人を臆病にしていきます。
原始の時代では役に立った警戒システムが、安全が増した現代では
うまく機能しなくなったのです。
特に不安を感じる大半は未来のことを考えるときに発生します。
進学のこと、就職のこと、老後のことなど、考えれば考えるほど、
不安は増していきます。
では、不安を消すにはどうしたらよいのでしょうか?
その解決法のひとつが、未来を現在に近づけることです。
漠然とした未来は、自分とは無縁のものと認識して、不安が残ります。
そのため、より具体的で鮮明な未来像を描くことによって
より近い未来と捉え、不安が減ります。
それ以外に不安を減らすものとして、畏敬の念を抱くものがあります。
例えば、自然が創りだした壮大な風景、感動するようなアートや芸術、
宗教などです。
宗教の場合、神社、寺、儀式によって畏敬の念を感じ、
永遠と一体化したような感覚になるからです。
この永遠とは過去、現在、未来のすべてが含まれていて
意識の中ではすべての時間が今となったと同じ、つまり未来が今に近づいた状態です。
神社、寺が心地よく感じるのは不安が解消するからなのです。
つまり未来を意識してしまうと不安が出てきてしまうため
今に集中するのが大事なのです。
思い出してください。
仲のよい友人と楽しく遊んでるとき、恋人と楽しい時間を過ごしているとき
不安は感じてましたか?
そのときは今に集中して楽しんでいたため、感じていないはずです。
未来を意識しそうになったら、今していること、
例えば、掃除、皿洗いをしているとしたら、「今私は掃除をしている」
「今私は皿洗いをしている」と声に出して復唱していると、
それ以外を考えることができないため、不安は落ち着いてきます。
今、この瞬間を全力で生きれば、不安のない未来が待っているはずです。